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同人サークル「丁字屋残党」主幹です。

基本はなつかしモノ好き中年オタ。ゲームやらメガネっ娘やら特撮やら時代劇やら色々好きです。あと「スクールデイズ」好き。

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163:『ウルトラマンメビウス』

2011/02/13 (Sun) 07:49
近年の自分は仮面ライダーシリーズとウルトラシリーズ(双方基本的に昭和の作品)が同じくらい好きというスタンスになっているんだけど、実はちょっと前まではライダーのほうが全然好きだった人なのです。同人誌もライダー本は作ってもウルトラ本は作ってないし。
で、ウルトラ好きの度合いが引き上げられるきっかけになったのが『ウルトラマンメビウス』なのですね。
そんなわけで当時の視聴時の感慨などを過去のミクシィ日記を掘り起こしながら手を加えつつ覚え書きっぽくちょっとまとめてみました。
(かなり長くなってます)
メビop

まあ実は、平成ウルトラはそれほど好きでなかったこともあって放映前はあまり期待していなかったんだけど(だから懐オタ的に過去の怪獣やウルトラマンが出る話だけチェックしようと思ってたのです)、実際視聴してみたらすっかりはまってしまい、かつてウルトラマンがいた世界で再びウルトラマンとともに闘う人間たちのドラマがこれからどのように展開されるのだろうかというワクワク感に満たされていました。

1~4話も良かったんだけど、自分が本当にこの作品にはまったなあと思ったのは5話「傷だらけの絆」で、最初、もとサッカー選手=ジョージ個人のドラマになるかと思いきや、それ以上に、かっつてウルトラマンが存在していた世界を生きてきた人間=ジョージのドラマとなっていたのが好印象。 何より、ドラマ全体が最後のジョージ熱い台詞に収束されていっていたところが、まさにウルトラとは、ドラマとはかくあるべしって感じでした♪

ウルトラマンヒカリのネーミングに対しては、それでも発表された当初から「なにそれぇ?」とか、Bフレッツ光とのタイアップでしたと明らかにされるや「ふざけんなよゴルァ」という空気がなかったわけでもないんだけど、その命名編の11話「母の奇跡」では
GUYSの隊員たちに「ひかりぃ?」「却下」とか言わせたり、ミライに「ボクハイイトオモイマスヨ」とそらぞらしい言い訳くさく言わせる演出に、微妙にスタッフの、スポンサーのごり押し(があったかどうかは知らないが)への悪意を感じたりするのは気のせいか?

22話「日々の未来」 ってかなり評価高いんだけど、あれって、ヒロト君がやたらと往生際いいというか、覚悟が決まってたからいいようなもんだけど、もしウルトラゾーンに吸い込まれる直前にメビウスを見た彼の台詞が、
「あ、ウルトラマンだ!  そうか、ボクを助けに来てくれたのか。良かった、これで父さんと一緒にボクも地球に行ける……」 →スカッ →「あほ~っ、何しに来たんじゃオマエ。来るんならせめてあと30秒早く来んかいっ! この役立たず~!」 ・・・とかだったら感動台無しでしたな。

28話「コノミの宝物」は、
「メ~ガネメガネ、メガネ、メガネ、メガネ、メガネ」という小学生男児の連呼、
「今回は、メガネが大切なんです」と力むM78星雲人
"めがねを外した方が良い"なんてのたまうヤローは嘘つきで悪い奴という神展開
・・・ こんなメガネに優しいウルトラマン見たことネ---っ!!!

34「故郷(ふるさと)のない男 」でのレオ復活に際してのファンの熱気は凄まじかった。で、面白いのは、俺もそうなんだけど、遡っての『レオ』という作品への評価まで微妙に上がってて、更にファン自身もそれを自覚してること。だってここまでこぞって『レオ』が高評価で語られるなんて状況、多分今まで無かった筈。
ただ確かに『レオ』は、それまでのシリーズの世界観を踏まえたうえでそれまでのウルトラとは違うドラマを内包していたわけで、そこはやはり、もっと評価されていてもよかったと思うし、この回のようなオフィシャルでの熱い復活が、その契機となったのも当然ともいえましょう。

41話「思い出の先生」での80先生の復活は、視聴前は果たしてレオ回のような盛り上がりはあるのか疑問でした。自分にとって『80』というシリーズって、以前との作品とのつながりも希薄だったし、(第三次)ブームのタイミングを外して始まった上に、やることなすことほぼ全部外していたウルトラマンって印象しかなかったし。確かに特撮の出来はいいけどさ。つーか、80が「タロウ兄さん」とか「レオ兄さん」とか言ったら、やっぱり微妙じゃね?とか思ってましたよ。
そんなこんなで、日本の教育現場の実情を嘆き、教育者の端くれであるコノミたんに真の教育を熱く語る矢的先生として登場してくれたらとかそんな期待をしてました。
しかし蓋を開ければネット見てても、レオ登場回に続いて大絶賛の嵐。レオの回が"燃え"に徹したのに対し、あえて"泣かせ"に徹底したのが勝因でしょうか。いや、自分も感動しましたよ。
ただ、多分自分の感動ってのは、他のファンの感動とは多分ちと違ったんだろうなあ。
なにせ「80」って作品は、リアルタイムでみてた時にも、最初の先生って設定にも、その後のコロコロ変わる方向性にもなんじゃこりゃって思ってたし、80や怪獣のデザインも好きになれなかったし、まあぶっちゃけ全然好きじゃなかったウルトラマンでした。
ただ、当時先生の設定を丸投げにした(された)ことに対し、作り手にも受け手にもどこかもやもやしたものが残っていたと思うわけで、今回80が吐露した教師をまっとう出来なかったことの悔恨は、まさにそれを象徴していると思う。そしてそれに対して今回、二十数年目にして"矢的先生を生徒たちと向き合わせる"…ただそれだけを描くことで、現在出来る最高の形でスタッフは決着をつけてくれたと思うのです。
そしてそこには、当時それをしなかったスタッフへの批判などは感じられず、感じられるのはあくまで「80」という作品への愛のみ。
そう、たぶんその"現在のスタッフの過去の作品に対する敬愛"にこそ、自分は感動したのだと思う。

エース回の44話「エースの願い」は またも絶賛の嵐。 ただ、確かに他のファンが感動している部分には自分も大いに感動したのだが、一方で個人的にかなりひっかかる点がありました。
それは、この回エースの「願い」で救われたのは優しさを失わずにすんだヒーローとしてのミライであって、ヒルカワは相変わらず屑のまま放置されている事。そう、今回"優しさを失って育った人間"が・・・まさに願いを届けなければならないはずの存在が、何の救いも無いまま放置されてたのだ。
かつてエースは、優しさを失いかけていた子どもたちのために、正体を明かし地球を去らねばならぬ代償を払ってでも、その「願い」を伝えた。なのに、メビウス君は優しさを失って育った人間を放置してガールフレンドといちゃいちゃしてていいのか? 更に言えば、かつてエースの最終回でその「願い」は、ブラウン菅の前の全ての子どもたちに向けられたものであり、そしてヒルカワはその頃の子どもたちが大人になって生み育てた年代であり、そう考えると、ヒルカワの存在は、まさにエースの願いが全く届かなかった者もいる事を象徴しているともとれる。そしてそうした相手にこそ「変らぬ願い」を伝えなければならなかったのではないのか?
で、そう考えるとこの話って、下手に感動的に〆ているために実に後味が悪かったのです。
まあそういうこと抜きにしても、自分のためには他人(この時点ではまだヒルカワにとってもミライはただの人間だったわけだし)を何の葛藤も無く銃で撃っちゃうような奴を放置しといたらヤバいんちゃう?

ジャック回の45話「デスレムのたくらみ」は自分的にも評判も微妙でした。郷さんはきっと、GUYSが糾弾されて落ち込むミライを、「MATなんて、ちょっとした事ですぐ解散解散って言われてたんだぞ」とか言って慰めるんだと思ってましたw

セブン回の46話「不死身のグローザム」は神というほどの出来でもなく、それでも先週ほど酷くもないという中途半端さが災いしてか、あまりネットの話題とかにもなりませんでしたら。放映直後からもう興味はみんな次の週に向いちゃってた気もするし・・・。まあそもそもセブンって、平成セブンとか色いろあったから、他の兄弟の客演に比べても感慨が薄い気もするんですよねえ。
あと、殺戮の快感に目覚めたコノミたんが、園児虐待に走らないか心配でしたw

飛んで最終回まで見終わった際の感慨としては、
物足りない部分が全く無かったとは言わないけど、1年間これでもかってくらいに楽しみました。

それはそれとして まだ残ってるココ
>人間と強く結びついたウルトラマンには、その力も通用しない。だからリュ
>ウと融合したウルトラマンヒカリや、サコミズ隊長と融合したゾフィーには効かな
>かったんだ。
じゃあヒカリとセリザワ隊長は強く結びついてはいなかったってこと?
メビ50


メビウス映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』は
ヒロインのキャラがまったく立たなかろうが、私ゃかっこいいおじいちゃんたちを観れたので良しでした。 あとフリーザ=ナックルや、初代ピッコロ=ザラブのたちの前座扱いのテンペラの声がミスターサタンというのも笑いました。しかしあんなに希望と絶望のマッチポンプ繰り返されたら、自分がタカト君なら余計トラウマが悪化するなあ。
ともあれいい意味でお祭り映画でした!
・・・まあ確かにCG板野サーカスには萎えましたけどね~。

あとこの映画観て改めて思ったのは「どうしてコレが今まで出来なかったのか?!」ってこと。
いや前々から思ってたんだっけど、ウルトラって、ホント歴戦の勇者の帰還をかっこよく見せるのがずっと下手だったでしょ。 まあ、ナックル編のマン&セブンは別格として、アリブンタ戦のゾフィーとかテンペラ星人戦とかもまあいいんだけど、 他はこう、十字架に捕われたりブロンズ像にされたまま結局最後までいいとこ見せられなかったり、 頭燃やされたり体しぼんだりのかませ犬扱いだったり、兄弟そろって主人公ぼこぼこにした挙句おじいちゃんに怒られて、真の敵がわかった途端に光の国に帰っちゃうとか、 挙句の果てには妄想セブンとか、 いやまじ子供心に「なんだそりゃ?」って思ってましたよ。
その辺、「ストロンガー」の最終回とかを究極として、歴戦の勇者の帰還をかっこよく見せる演出に関してはやっぱり「仮面ライダー」シリーズは百倍くらい上手を行ってたってたわけです。あと「ウルトラ」でその辺の演出を絶妙に見せてくれたのが、内山まもるで、小二版「レオ」のクライマックスなんかはその筆頭でしょう。
メビ映画


最後に放映1年後に作られた「ウルトラマンメビウス外伝アーマードダークネス」はと言うと
これがまた面白かった!
いやー、時間的都合もあるのでしょうが余計な説明や理屈を省いてクライマックスシチュエーションが次々に提示されるあたり、往年のジャンプバトル漫画みたいでよかったっすね~♪
予算の関係からこうなっちゃうんだろうな~的な部分もあるにはあるけど そこは溢れんばかりのファンを喜ばせるギミック等でカヴァー。 細かいところではウィンダムの股割りジャンプとか、 ウルトラマンの通信手段に興味津々のテッペイ君とか、 思わず「そう、コレコレ」って画面の前でニヤニヤしてました。
当時は映画『超8兄弟』のほうに話題をさらわれがちでイマイチ影が薄かった作品ですが 、とにかく勢ぞろいしたかつてのレギュラーキャストも含めた作り手の「メビウス」という作品への愛が感じられました。

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テーマ : ウルトラマンメビウス - ジャンル : テレビ・ラジオ


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161:黒部 進氏と初代ウルトラマンのゲスト出演について

昭和期のシリーズにおいて、初代ウルトラマンの単独ゲスト出演は少なく、他のメンバーの誰か(兄弟)と一緒の回が、多いようです(『帰ってきたウルトラマン』以降)。ハヤタ(黒部 進氏)としての登場も『帰マン』第38話、『タロウ』第33、34話などあまり、多くないようです。ところで、最近、『レオ』第30話を初めて見ました。この回の自転車屋の店長(黒部 進氏)は、科学特捜隊解散後の(ウルトラマンと分離後の本物の)ハヤタのその後の姿としてあり得たかもしれません。もちろん、当時のスタッフが、そうした意識の元に作った話ではありませんが、『A』で一般市民の次郎君とルミ子さんのその後の話が作られたのだから、元防衛組織の隊員の話もあっていいと思います。バップのミュージックファイルの『レオ』の放映リストの第30話と第31話のサブタイトルが逆になっていましたが……。

2011/02/20 19:51 | なんてこったい(!!) #- URL [ 編集 ]
164:Re: 黒部 進氏と初代ウルトラマンのゲスト出演について

> なんてこったい(!!) さま
逆にセブンや新マンの単独ゲストは多かった印象がありますね。変身前では郷さんが一番多かったですかね?偽者もいたしw

2011/02/22 00:01 | tyoujiya #- URL [ 編集 ]

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